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制度改革の必要性

このブログを開設してから、

滋賀県大津市の「いじめ問題」を

何回かに分けて取り上げました。

 

その中で思う事は、

今の日本の教育行政の在り方です。

 



 



今の制度ははっきり言って、もう古いのです。

 

今の教育制度が確立されたのは、

1871年(明治4年)です。

 

この年に旧文部省が設置されたのです。

 

それから140年余りが経ち、

現在に至っています。

 



その間、細かい制度の変革はあったものの、

基本的には

変わっていないと言えます。

 

私が今最も危惧するのは、

公立学校の形骸化や教員の

サラリーマン化です。

 

教育行政に関わる官僚の子息は、

公立ではなく、私立の

学校に行かせるようにしているとの事です。

 

それこそが正しく大きな問題点です。

 

教育制度を推し進めている官僚たちが、

公立学校を

勧めずに、自分たちの子息には

私立を薦めているのです。

 

何故か?



 

それは、公立学校に

問題があるのを官僚そのものが

感じているからです。

 

教頭は校長を目指す為には、

生徒の方を見るのではなく

上の機嫌を伺い、

上に向かって仕事をしないといけないという

現状があるのです。

 

そんな環境にあっては、

いくら生徒たちから申し出や提案が

あったとしても、

教師一人では動けないという

事情があるのです。

 

それでも、熱意を持って動こうとする教師は、

上に睨まれ、

出世を阻まれ、

仲間外れにされるという

憂き目にあうのです。



 

でも、考えてみれば、

こんなことは一般の会社でも

同じです。

 

仕組みや制度というものは、

当初は良くても、それが

数年、数十年と経つうちに色褪せてくるのです。

 

 

今の日本は、司法、立法、行政、

いずれも長期間運用されて

きた中で大きな問題点を生み、

それぞれの現場の中で多くの

問題を抱えるようになったのです。

 



学校は、教育の場です。

 

勉強を教え、団体生活の基本を教え、

そして家庭では

学ぶことが出来ない部分を

フォローする場だと思います。

 

 

でも、現実はどうでしょうか?

 

いじめが横行し、その事実を

教師や学校当局がその事実を

隠ぺいし、誰も責任を取ろうとしない そんな場と

なっているのです。

 

 

ペンは剣よりは強し というコトバがありますが

もっと「ペンの力」で、現実を変えていく努力を

していこうではありませんか!!

 

二度と貴重な命が失われないように!!

 

 

 

 

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