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いじめに負けず新たな取り組み



私は、たった一度だけ暴力を受けた。

私に言わせれば、理由のない暴力だった。

┗┐ヽ(`●_´*)ノヽ(*゚、●゚)ノ┌┛

 

いくら相手が、モノを持っていたと言え、

何も抵抗出来なかった自分が

とても情けなかった。



 



それで、数日間落ち込んだいたのも事実だ。



でも、こんなことで負けていていいのか?

このままでいいの?

 

そんな事を自問自答していた。

 

そして、私が出した結論は・・・・・

 

暴力に負けない力をつける という事であった。

 

 

そして私はある武道を始めた。

 

中学二年の7月だった。

 

実は中学入学と

同時にバレーボール部に入部したが、

その年の夏に退部していた。

 

それは、練習がしんどかったからではない。

 

母親が大病にかかり、

三か月ほど入院することになったからだった。

 

 

当然弁当もない、家事も父を中心として

兄弟で分担して行う必要があった。

 

 

それでせっかく入ったバレーボール部を退部した。



それから約一年が経ち、母も家に戻ってきていた。

 

そして、今回 武道を習う事に、

父も母も反対はしなかった。

 

 

その武道は私にとって魅力的なものだった。



週三回は、必ず練習に行くようになった。

 

中学時代というのは、

どんなことでも習得するのは速い。

 

私の場合は、小さい頃から

格闘技が大好きだった。

 

特に当時、私はキックボクシングが大好きで

足が結構器用に

動いた。

 

素質があったかどうかはわからないが、

どんどん力が付いていった。

 

そしていつの間にか、

同級生の間では、あいつ●●をやっているらしい。

 

 

へたに手を出すと、やばいぞ。

・そうかー

・あんまりいじめをすればやばいなー

・ほんと、ほんと

 

多分そんなやり取りがあったのではないかと

思います。

 

 

私は自分を変えることにより、

いじめから脱出することが出来たのだ。

 

 

それでも、私の同級生の中では、

暴力に耐えられず、転校していった

仲間もたくさんいます。

 

そんな彼らを助けてあげることが

出来なかったのも事実なのです。

 

でも、私が通っていた中学は、

先生が熱心でした。



 

どこかの中学のように、いじめを隠したり、

事実を隠ぺいしたりという事は

なかったのです。

 

 

事実を事実として受け止め、

PTAや生徒の親、教育委員会も巻き込み

学校の変革に着手していったのです。

 

 

その結果、私が卒業してから数年後には、

暴力沙汰も殆どなくなり

普通に授業が出来る学校に

変わることが出来たのです。

 



最近のいじめは、すごく陰湿です。

 

いじめをやる生徒は、

先生の前では優等生を装い、陰で陰湿な事を

している例もあります。

 

また先生方の資質も当時と比べると

変化しています。

 

自分が生徒に暴力を受けようとも

毅然とした態度で生徒に立ち

向かっていった勇敢な先生の姿を

今でも覚えています。

 

そんな先生だからこそ、

ワル連中も一目置いていたのです。

 

本気か本気でないかは、

生徒であったも見抜きます。

 

口先だけで指導しても、

生徒は言う事を聞かないのです。

 

今教育界に求められているもの・・・・

 

それは何でしょうか?

 

私が想う理想の先生像は・・・・・・・

 

 

生徒の事を本気で考えてくれる先生。

生徒の立場に立って考えてくれる先生。

 

日教組や各都道府県の教育委員会が

もっと先生の

資質を上げる為のプロジェクトを

期待しています。



 

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