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私の中学時代の話~その②

当時、私が通っていた中学では、

年間に数名の生徒が鑑別所や少年院に

入ったり、出たりしていました。



その予備軍を合わせると、

毎日学校で暴れいる生徒は、

一学年で

30~40名くらいでしょうか?

 



そんな学校でしたから、

授業時間も当時は一時限50分授業でしたが

そこの中学だけは一時限が45分でした。



でも、実際に授業が出来るのは、

半分くらいのものです。

 

授業をエスケープしたり、

教室で暴れたり、大声を出したり、暴行が

起こったり と授業にならないのです。

 

まじめに勉強しようとする

生徒たちにはたまらない学校でした。

 

私がその中学に入学した当時は、

最もその学校が荒れた

時代でもあったのです。

 

暴行を受けた生徒たちや、

その親御さんは泣き寝入りするしかなく

転校するしかなかったのです。

 

学校の窓ガラスは、

入れれば、すぐに割られるので、

真冬だと言うのに

校舎の中の窓ガラスは

一枚もないという時期もありました。

 

聞くところによると、

当時の年間の窓ガラスを修復するのに

かかる費用は

100万円以上だったと聞いたこともあります。

 

椅子を持ちあげて、

何人かの生徒が順番に窓ガラスを

割っていくのです。

 

先生方も、四六時中、

ワル連中を見張っている訳にはいきません。

 

窓ガラスを割っている生徒がいれば、

阻止しようとして

近寄りますが、ガラスの破片を投げつけられ、

近寄る事も

出来ないのです。

 

そして違う生徒が椅子を持ちあげて、

窓ガラスを割っていく

そんな凄まじい光景でした。

 

とても先生方だけで対応することが出来ない~



先生方とPTAの役員との間で、

そんな結論になったのだと

想います。

 

そんな時にPTAの会長になったのが

私の父だったのです。

 

当時、私の父は自分で商売をしていたので、

サラリーマンに

比べると時間があったのです。

 

それから暫くして、

PTAの役員による学校巡回が始まったのです。

 

続く~

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