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今求められる学校改革、必要なことは人選ではないか?

昨日の新聞によると、大阪府が民間出身の学校長を教育長に起用する
という異例の人事を発表する方針を固めたという事です。

 

現大阪府立泉高校校長の中原徹氏が起用されるということです。



中原氏は2009年に府立高校長に採用され、2010年4月に着任。

 

同校では、海外勤務経験を活かして、自ら英語を教えるなどして
生徒の国際感覚要請に力を注いでいます。

 

今までの感覚で言えば、教育長は学校関係者がなるのが当たり前の
世界でしたが、当時の橋下大阪府知事は、その概念を覆し、民間からの
登用に踏み切ったのです。

 

今の日本は、規制だらけです。

 

あれをしてはいけない、これはこうすべきだ、この人選は官僚から
輩出すべきだ・・・・

 

こんな既成概念で凝り固まっているのです。

 

これでは、国は良くならないですね。

 

温故知新というコトバがありますが、伝統を守りつつ、新しいモノも
取り入れていく、そんな大胆な発想が今の日本には求められているのです。

 

先人が作った道を、何も考えずに歩くだけでは新しいモノは生まれないのです。

 

日本の伝統芸能の世界には、「守・破・離」というコトバがあります。

 

まずは型をしっかり守り、その型を受け継ぐ。

 

型の成り立ちや意味などもしっかり理解し、まずは自分がその型をしっかり
受け継ぐというものです。

 

そして、次の段階として「離」があります。

 

長年かかって身に付けた「型」を少しずつ変化させていくのです。

 

先人から守り育てた「型」に自分の個性を吹き込んでいく段階です。

 

そして、最後の段階として「離」があります。

 

型から離れ、自分独自の世界を作っていくという段階です。

 

型に固執せず、自分だけの世界を創出していく段階です。

 

習字を思い浮かべて頂けば、わかりやすいと思います。

 

まじは楷書で、しっかりと文字の形、書く順番などを覚えますね。

 

そして、次は行書。

 

少しだけ、楷書を崩して、自分なりの文字の形を作っていきます。

 

最後の草書。

 

普通私達が普段文字を書いたりする場合は、草書と呼ばれる文字体まで
崩して書く事はありませんが、書道家を思い出して見てください。

 

書道家が書いている文字は、何を書いているかわからない文字が多いですね。

 

それもそのはず、彼らはすでに草書の段階に達しているので、原型である
楷書の形はすでにないのです。

 

少し説明が長くなりましたが、日本の行政や教育機関で、草書まで崩して
いく必要はないかもしれませんが、少なくても楷書の段階までは踏み込んで
改革していく必要はあるのです。

 

何故なら、今の学校制度は、戦後に整えられたものです。

 

既に70年あまり経っているのです。

 

それだけ経過していれば、現実とそぐわない部分も出てきます。

 

今、安心して子供を学校に行かせる事が出来ないという親御さんが
増えていますね。

 

私もその一人です。

 

既成の概念を打ち破り、安心して親が子供を学校に行かせる事が出来る
教育システムを作って欲しいものです。

 

 

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