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またしても体罰、なぜ体罰は根絶されないのか?

昨日、東京都の中高一貫の私立藤村女子中学・高等学校の
柔道部内で体罰を受けるなどして重傷を負ったとして、
元部員の女子生徒が同部顧問の男性教諭と学校を相手取り、
損害賠償の訴訟が起きました。

 

訴状によると、元部員は2009年4月に同校の中学に入学し、
柔道部に入ったとの事。



11年3月に練習で馬跳びをしていたところ、顧問の教諭から
「跳ぶ速度が遅い」「声が小さい」などと怒鳴られ、背中を鉄棒で
数回殴られたと主張しています。

 

「やる気あるのか」と教諭にほおを平手打ちされ、左耳の鼓膜が
破れる重傷を負った、と訴えています。

 

また、一緒に練習をしていた高校の柔道部員らとの激しい
稽古を強いられ、09年12月~11年5月の間に3回に分け、
右鎖骨などが折れるけがを負わされたとも主張しています。

 

元部員の保護者が同校に指導の改善を求めても、
受け入れられなかったと言います。

 

最近体罰の問題が全国で表面化していますが、まだまだ全国的に
見てみると、かなり体罰を黙認している学校もあるような気が
してなりません。

 

これは日本の悪しき習慣です。

 

一昔前に流行った根性論から派生した悪習のなごりだと思うのです。

 

では、なぜ体罰が根絶されないのか?

 

一つには、日本のスポーツ界に蔓延する勝利至上主義。

 

勝つことだけにスポットを当てて、勝つことだけを目標にスポーツを
行う人間が多いこと。

 

特に団体スポーツにこの傾向が見られますね。

 

野球やサッカー、バスケットボールやバレーボール、一人が足を
引っ張れば、チーム全体に迷惑をかける、チームの勝利を危うくする、
そんな危惧から、ミスをした選手を見せしめの為に、過度な暴力を
振るうというものです。

 

次に考えられるのが、マスコミの過剰報道です。

 

野球でもサッカーでも、少し目立つ選手が出て来ると、マスコミは
直ぐに追っかけを行い、密着取材をします。

 

そして、選手や指導者が自然にプレッシャを感じ、勝たなければ
いけないという過度な勝利至上主義に陥るというものです。

 

次に考えられるのは、高校、大学などが持っている独自の校風や
伝統、特に歴史があるクラブであればあるほど勝つことを
義務付けられています。

 

特に指導者には常に勝つことが義務付けられ、そこから多少の
暴力には学校当局も黙認するという悪習から脱却出来ないと
考えられます。

 

そして、そういう学校に通わせている親御さんも、自分の子供には
レギュラーになって活躍して欲しいという暗黙の願いがあります。

 

だから、少々の体罰には目をつむるという傾向が考えられます。

 

でも、ここで私達が考えなくてはいけないことは、学生時代というのは
ほんの三年なり4年だということです。

 

学校を卒業してからの年月の方が遥かに長いのです。

 

もし、あなたの子供さんがムリな練習をして、過度な体罰によって
体を壊したりすればどうするのですか?

 

それこそ取り返しのつかない事になるのです。

 

一時の栄光の為に、卒業後の人生をふいにするのですか?と
私は問いたいです。

 

どんなスポーツでもプロになれるのは、ほんの一握りの才能の
ある人だけです。

 

そんな選手たちは、はっきり言ってしまえば三歳くらいから
そのスポーツに関する英才教育を受けています。

 

体罰を与えなくても、目的意識が明確なので自分で納得がいくまで
練習するのです。

 

苦しい練習を自らの意志で、一日何時間も、それを一年も二年も
継続出来るのです。

 

私達凡人には、そんな超人的な事は出来ないのです。

 

それを私たちは理解しないといけません。

 

体罰をしても、決して子供たちの為にはならないのです。

 

この問題は、今後も更に大きくなり、いろいろな学校で問題点が
浮き彫りになっていくことだと思います。

 

未来のある子供たちを守るために、親や学校、そして教育委員会
そして文科省が一丸となっていかなければいけないのです。

 

今後も、体罰やいじめに関する問題はこのブログでも度々
取り上げていきます。

 

問題の本質を掘り下げ、子供を守るための方法を一緒に
考えていこうではありませんか!!

 

 

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