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体罰の軽視は子供の命に関わる事、もっと保護者が一人一人が問題意識を持つべき!!

先日来、問題になっている

大阪市立の桜宮高校の体罰問題。



 

結局長年放置した結末は、

若い命を散らす結果になりました。

 

子供を持つ親にとっては、本当に痛ましい事件です。

 

そう、これは事故ではないのです。



事故というのは、

偶然がいくつか積み重なって起きるものです。

 

今回の場合は、明らかに人災です。

 

人が起こした最悪の事件なのです。

 

問題点は色々とあります。

 



 

まずは、体罰を行った教師。

 

報道によると体罰が原因で、

懲戒停職を受け、

数ヶ月間  教壇に立てなかったということです

 

その教師が数ヶ月で、復職し、

またバスケット部の顧問に就いたというのは、

納得がいかない事実ですね。

 

復職するのは、まだ許せますが、

体罰が原因で懲戒停職になり
また顧問を外されたにも関わらず、

また同じクラブの顧問になるというのは
学校体質の甘さとしか言えません。

 

 

私が小学校の頃は、学校の中で平然と体罰は行われていました。

 

口で言っても直らない場合は、

体罰を与えてでも行動を改めさせると
ルールが暗黙のうちにありました。

 

また、家庭の中でも、厳しい躾が行われていた時代です。

 

私の家庭も躾はすごく厳しかったですね。

 

私の家は、両親が商売をしていたので、学校から帰宅しても
いつも両親がいました。

 

箸の持ち方、口の聞き方、生活態度などなど、言い出せば
キリがない位に人間としての躾を叩きこまれたものです。

 

そして、親に逆らうことなど

決して許さないという風潮がありました。

 

それほど親は子供にとって威厳のある存在でした。

 

特に親父の存在は無茶苦茶大きかったですね。

 

私などは小学生の頃はいたずらっこだったので、

よく家庭でも体罰を受けたものです。

 

もちろん学校でも。

 

でも、私が小学校の頃は、それが許された時代だったのです。

 

それが時代は代わり、

今では親が子供に手を上げる事自体が
少なくなっています。

 

成人した若者の中には、生まれてからこの方、

一度も親に叩かれた事がないという青年も数多くいます。

 

今はそんな時代なのです。

 

にも関わらず、今回の事件のように

学校内で平然と体罰が行われる、

それを学校側も暗黙の了解の中で許している、
それは明らかに間違っています。

 

何故なら、それは子供の人格を無視し、

体罰の名の下に強制的に

自分の支配下に置くことを意味するからです。

 

私の持論である

「子供は無限の可能性を秘めている」
言うコトバの通り、まさしく

それぞれの子供には色々な
可能性が宿っているのです。



 

例え、バスケットが上手にならなくても、

野球が上手になるかもしれません。

 

スポーツが上手にならなくても、

勉強の分野で実力を発揮する
かもしれません。

 

スポーツや勉強が仮に苦手でも、

芸術の分野で大きく花を
咲かせるかもしれないのです。

 

そんな子供の可能性を潰すような教育だけは

何があっても
認める訳にはいかないのです。

 

今回のこの事件、

徹底的に追求して二度と同じような事件が
起きないようして欲しいですね。



 

 

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