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新撰組ゆかりの旧跡が所得隠しとは・・・・

以前にも書いたことがあるかもしれませんが、

私は小学生の頃から

歴史オタクでした。

 

小学校三年生から歴史小説を読み、

大河物語を見ていたくらいです。





数十年間、よほどの事がない限りは、

大河物語を見続けています。

 

その影響かもしれませんが、

娘まゆりんは、大の本好きです。

 

歴史が好きという訳ではないのですが、

とにかく好奇心が旺盛で

いろいろなジャンルの本を読んでいます。

 

何にしろ、好奇心を持って

いろいろな知識を吸収することは

いいことですね。

 

さて、今日のニュースで幕末の新撰組に

非常にゆかりのある八木家と

旧家があります。

 

新撰組がまだ壬生という地で活動していた頃に、

お世話になっていた旧家です。

 

芹沢鴨という人物を暗殺したり、

血なまぐさい内部抗争をしていた

時代でもあります。

 

芹沢鴨という人物は水戸藩出身の脱藩浪士で、

当時の新撰組の中で

近藤勇と並んで局長を務めていた人物です。

 

当時の新撰組は、まだ所帯が小さく20名から30名規模だったと

思われます。

 

でも、普通で考えても、それくらいの人が寝泊まりして、食事を

手配することが出来るくらいの家柄でした。

 

その八木家が

経営する菓子製造販売会社「京都鶴屋鶴寿庵(かくじゅあん)」が

大阪国税局の税務調査を受け、2010年9月期までの7年間で

約1億8000万円の所得隠しを指摘されていたのです。

同社は重加算税を含め追徴税額約6000万円を全額納付したという事です。

 

関係者によると、同社は幕末当時のまま残る

八木家住宅を「壬生(みぶ)屯所旧跡」として、

茶菓子代込み1人1000円の拝観料で公開しています。

 

入場者数を実際より少なく計上し拝観料収入の一部を売り上げから

除外していたといい、同国税局は、仮装・隠蔽を伴う所得隠しと

判断したとみられるという事です。

 

日本の中には、こうした名所・旧跡が多く残っています。



 

そして、今回のように個人が運営している旧跡も残っています。

 

幕末という時代は、江戸時代から明治時代に移る転換点で多くの

志士が争い、命のやりとりをした時代でもあります。

 

訪れる人たちも、当時を偲び、万感の思いに耽りながら

片時の時間を歴史の悠久に身を置いているのです。

 

そんな訪れる人たちの思いを考えれば、脱税など出来ないと

思うのですが・・・・。

 

当時の新撰組は、京都守護識(京都の護衛役)であった

会津藩主・松平容保(まつだいら かたもり)の信任を受け、

京都の護衛の第一線で活躍していたのです。

 

歴史に名を残す新撰組をだしにして、あくどい金儲けを

しないでもらいたいというのが私の思いです。

 

日本は明治新政府に敗れて、新しい時代に突入していきますが、

その一方で新撰組は江戸幕府を守ろうと命がけで戦ったのです。

 

 

日本の長い歴史の中で、最後の武士と云われる所以です。



 

死を恐れず、自分が信じたモノの為に、命を賭して戦う。

 

現代人が忘れ去った、人間の本質が見えるような気がします。

 

二度と歴史に泥を塗るような事はしないで欲しいですね。

 

 

 

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