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私の躾の方針その④脚下照顧~まずは足元から

あなたは「脚下照顧」というコトバをご存知ですか?



このコトバは禅宗で使うコトバです。

 

簡単に説明しますと、「履き物を揃える」という事です。

 

そして、それと共に、履き物を揃えると同時に、自分の足元、土台を常に

見つめ直そうという意味なのです。

 

私は子供を育てるに当たって、この事にも随分と注意を払ってきました。

 

お出かけして家に戻り、玄関にたどり着きます。

 

普通であれば、履き物を脱ぎ捨てて家に上がります。

 

そこで私はストップをかけるのです。

 

「はーい、玄関に入ったらまずは靴を揃えようね。」

「はーい、パパ」という返事と共にまゆりんとこうちゃんは、さっと今まで

履いていた履き物を揃えるなり、靴箱に直します。

 

その習慣が根付くまで数年かかりますが、全ては子供達の将来のためです。

 

昔から、他人さんの家のお邪魔した時に、玄関を見るとその家の状態が

わかると云われてきました。

 

玄関に入ると、何足もの履き物が乱雑に脱ぎ散らかしている、玄関には必要な

履物だけが整然と並べられている。

 

どっちがいいかは言うまでもありませんね。

 

また、逆にこちらが他人様のお宅にお邪魔するときがあります。

 

先方はよく見ています。

 

子供が履物を揃えずに、脱ぎ放っしにして玄関を上がる、そして親も同じように

無頓着に履物を脱ぎ、揃えずに玄関を上がってしまう。

 

これだけで、見抜くひとは見抜くのです。

 

「躾が出来ていないな」と。

 

たったこれだけの事ですが、これだけの事すら出来ない人が多いのです。

 

逆に言えば、これだけ出来るだけで人より一歩抜きん出ることになるのです。

 

まだ子供達には、「脚下照顧」という難しい言葉は教えていません。

 

そして、履物を揃える行為が、自分自信を見詰めなおす事につながるという事も

教えていません。

 

今その事を教えてもまだ理解できないと思うからです。

 

今は形だけでいいのです。

 

取りあえず、履物を揃えるという行為が出来るだけで上等なのです。

 

幼い頃から、たった数年間続けるだけで、それが当たり前の行動になります。

 

そうなるとしめたものです。

 

どこに行っても「躾」で恥をかくことがないからです。

 

大人でも、履物を揃えることが出来ない人は多いものです。

 

たったこれだけの事で随分と損をしているのです。

 

もったいないですね。

 

まゆりんとこうちゃんに、「脚下照顧」の意味を教える日が来るのを

楽しみにしています。

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